
シティポップ・キング、シティポップ・クイーンといえば、誰を思い浮かべる?

うーん、大瀧詠一とユーミンかな
日本人には意外な結果・海外シティポップ人気ランキング

YouTube動画やSpotifyが上手く表示されないときは画面の再読み込みをしてね

上記の記事:シティポップ人気ランキング!日本と海外こんなに違う!? で紹介した、海外で人気のシティポップ・アーティスト・ランキングがこちらです。
世界が愛するシティポップアーティスト『ザ・トップテン』
出典:「海外シティポップ・ファンダムのルーツと現在地」(モーリッツ・メソ, 加藤賢) 柴崎祐二編著『シティポップとは何か』(河出書房新社)収録
1位 山下達郎
2位 杏里
3位 竹内まりや
4位 角松敏生
5位 松原みき
6位 大貫妙子
7位 大橋純子
8位 菊池桃子
9位 中原めいこ
10位 杉山清貴&オメガトライブ
日本テレビ『世界一受けたい授業』(2022年6月4日放送)で、上記の「世界が愛するシティポップアーティスト『ザ・トップテン』」が発表されると、SNSがざわつきました。

ユーミンと大瀧詠一はベストテンに入ってないの!?

竹内まりやより杏里のランキングが上なの!?
2023年9月21日にTOKYO FM特別番組『海を越えたシティポップ』が放送されました。
この番組ではアメリカの東海岸と西海岸の若い世代を中心に独自のアンケートをとりました。
「好きなCITY POPアーティストは誰ですか?」というアンケートで、1位だったのが杏里です。
その結果を聞いた番組パーソナリティーのジャーナリスト・佐々木俊尚の言葉です。
日本人的に言うと、今の時代から当時を振り返ると、僕らにとって印象深いのは大瀧詠一さんだったり、松任谷由実さん、ユーミンですよね。でも、それよりも杏里さんとかの方が海外でウケているのは、その違いはなんなんだろうみたいな、ちょっと不思議な感じがあります。
引用:TOKYO FM特別番組『海を越えたシティポップ』
おそらくリアルタイムに80年代を過ごした方は、同じ感想をもつでしょう。

この記事では、海外のファンがCITY POPに求めるものは何か?
なぜ山下達郎・杏里がシティポップ・キング & クイーンと呼ばれるのかを説明するよ
ちょっと長い解説になるけど、読んでくれたら嬉しいな♪
実際に、海外リスナーの利用が多いSpotifyの月間リスナー数(2024年9月8日現在)を見ると、荒井由実110万人、松任谷由実96万人、大瀧詠一23万人に対し、杏里は178万人です(山下達郎は、サブスクリプションを解禁していないためSpotifyに楽曲がありません)。
海外のファンが好きなCITY POPに大瀧詠一・ユーミンは当てはまらない
海外で大瀧詠一がCITY POPとして聴かれていない理由は「踊れないから」です。
海外のファンにとってCITY POPは「踊れる曲」であり、クラブのDJ文化と結びついています。
ディスコ・ファンク・フュージョン的な踊れる曲をCITY POPと認識しています。
40周年記念2枚組CD。「君は天然色」「カナリア諸島にて」収録。ジャケットのアートワークは永井博。特典はロゴステッカー。 |
ノスタルジックでオールディーズ的な大瀧詠一は、海外でCITY POPとして聴かれていません。
詳しくはこちらの記事:「【海外の定番シティポップ】なぜ大瀧詠一ではなく、菊池桃子なの?」をお読みください。

ユーミンは海外でジブリの主題歌として聴かれていますが、CITY POPの文脈では聴かれていません。
おそらく、個性的なボーカルと一体化した日本語歌詞の世界観を、単純な記号、分かりやすい記号にできないため、海外のファンに伝わりにくいからだと思います。
詳しいことはこちらの記事:単純化された記号 なぜ海外でユーミンはシティポップではないのか? で書いています。

海外のファンが求める「踊れる」「夏の曲」にハマるのが山下達郎・杏里
では、なぜ山下達郎と杏里は海外で人気なのか?
理由はいくつかありますが、一番大きな理由は「踊れるから」だと思います。
海外のファンがCITY POPに求めるのは、R&B・ディスコ・ファンク・ブギー・ソウル・フュージョン・AOR的なサウンドです。
全世界が待っていた!最新リマスター&ヴァイナル・カッティング!! 完全生産限定盤レコードのため、なくなり次第終了 |
そして、CITY POPの「夏に聴きたい音楽」「リゾートミュージック」のイメージに、山下達郎・杏里がぴったりだからです。
「夏に踊れる曲」という記号が、まず曲の雰囲気で伝わり、日本語が分からなくても歌詞の内容も伝わりやすい。
キャッチーで印象的に歌われる「summer」「wave」などの英単語が夏や海を想起させ、レコードジャケットもズバリ「夏」「青い空」をイラスト・写真で表現しています。
「キャッツアイ(NEW TAKE)」「悲しみがとまらない」収録。完全生産限定アナログ盤のため無くなり次第終了。 |
海外のファンは夏になると「夏だからCITY POPを聞こう!」となり、「夏だから山下達郎・杏里を聞こう!」となります。
「夏に踊る」のにドンピシャにハマるのが山下達郎・杏里の曲なのです。
サンプリング素材として人気の山下達郎・杏里
CITY POPが海外で聴かれるようになったきっかけは、Vaporwave(ヴェイパーウェイブ)とFuture Funk(フューチャーファンク)だと言われています。
特にFuture Funk系のDJが、サンプリング・リミックスしたCITY POPを「セーラームーン」や「うる星やつら」などのアニメ画像と合わせてYouTubeに投稿したことで急速に広まりました。
Future Funk系のDJ、R&Bやヒップホップ・アーティストがサンプリング・リミックスしたくなる曲。
ループ構造に適したフレーズがある曲が、海外でのCITY POP人気曲の指標の一つとも言えるでしょう。
サンプリングした曲、もしくはサンプリングされた曲を検索できるサイト「WhoSampled」をご存知ですか?
「WhoSampled」(2024年9月現在)でCITY POPアーティストのサンプリングされた曲数を見てみましょう。
荒井由実時代と松任谷由実時代を含め、ユーミンをサンプリングした曲は26曲、大瀧詠一をサンプリングした曲は2曲と表示されます。
「大瀧詠一をサンプリングした曲」と表示されるのは、大瀧詠一がアルバム『SONGS』をプロデュースした、シュガー・ベイブの「DOWN TOWN」(1975)をサンプリングした2曲です。
作曲は山下達郎のため、実質「WhoSampled」では大瀧詠一をサンプリングした曲は、いまのところゼロです。
山下達郎、大貫妙子が在籍したバンド・シュガー・ベイブ唯一のアルバム。不朽の名作「DOWN TOWN」収録。 |
一方、山下達郎をサンプリングした曲は283曲(そのうちの約半数が竹内まりやをプロデュースした曲)、杏里をサンプリングした曲は131曲です。
山下達郎と杏里の曲は、Vaporwave・Future Funk系のDJからの人気、R&Bやヒップホップ・アーティストからも人気が高く、多くの曲がサンプリングされています。
山下達郎の曲をサンプリングした最も有名な曲は、下記のこちらの曲。
アメリカ大物ラッパーのタイラー・ザ・クリエイター(ヒップホップ集団OFWGKTA〔オッド・フューチャー〕のリーダー)が、山下達郎の「FRAGILE」(1998)をサンプリングした「GONE, GONE / THANK YOU」(2019)です。
4分37秒に、山下達郎「FRAGILE」が登場します。
Spotifyでなんと4億回再生されています‼
杏里の曲をサンプリングした最も有名な曲は、アメリカのR&BシンガーJenevieve(ジェネヴィエーヴ)の「Baby Powder」(2020)。
角松敏生が作詞・作曲した「Last Summer Whisper」(1982)のイントロを、大胆にそのまま引用しています。
「Baby Powder」のSpotify再生数は1億回を超えています。
「Last Summer Whisper」はヒップホップ、R&Bシンガーのサンプリング人気素材として、定着しています。
山下達郎・杏里 / 海外での反応
山下達郎と杏里が、海外でどのように「シティポップ・キング」「シティポップ・クイーン」と紹介されているのかを見ていきます。
英語版Wikipediaに掲載された「CITY POP」のページでの山下達郎の紹介文です。
Singer-songwriter Tatsuro Yamashita, who was among the genre´s pioneers and most successful artists, is sometimes called the “king” of city pop
引用:英語版Wikipedia「CITY POP」より
シンガーソングライターの山下達郎は、このジャンルの先駆者であり、最も成功したアーティストの一人で、シティポップの「キング」と呼ばれることもあります。
ソウル、ファンク、ヒップホップ、レゲエ、ディスコなどを紹介するアメリカのブラック・ミュージック専門雑誌「Wax Poetics」の2023年第5号では杏里が裏表紙を飾り、カラー14ページのインタビュー記事が掲載されました。
Singer-songwriter Anri mixed tropical summer vibes with sounds of Japanese pop and slick, American R&B and dance production to become “city pop” royalty.
引用:Wax Poetics Journal 2023 Issue 5より
シンガーソングライターの杏里は、トロピカルな夏の雰囲気と日本のポップス、洗練されたアメリカのR&Bやダンスミュージックを融合させ、「シティポップ」の王道となりました。
本文では「truly the uncontested city pop queen(まさに無敵のシティポップの女王)」と紹介されています。
フランスのシティポップ・トリビュート・バンド「AFTER 5」のサイトでは「シティポップの神様 山下達郎」「シティポップのプリンセス 杏里」という記事が掲載されています。
シティポップの神様 山下達郎

シティポップのプリンセス 杏里

海外のシティポップ・クイーンは竹内まりや・松原みきではないのか?
海外でCITY POPが爆発的に聴かれるようになったきっかけは、竹内まりや「プラスティック・ラブ」(1984)と、松原みき「真夜中のドア〜stay with me」(1979)です。
では、海外のシティポップクイーンは、なぜ竹内まりや・松原みきではなく、杏里なのでしょうか?
まず「WhoSampled」(2024年9月現在)でサンプリングされた曲数を見てみましょう。
竹内まりやをサンプリングした曲は110曲と、サンプリング素材として人気があるようです。
しかし、そのうち46曲は「プラスティック・ラブ」をサンプリングした曲です。
110曲のサンプリングの約半数が「プラスティック・ラブ」ですから、極端なくらい「プラスティック・ラブ」に人気が集中していることが分かります。
「プラスティック・ラブ」収録。3枚組人気ベストアルバム |
松原みきをサンプリングした曲は42曲。
そのうち「真夜中のドア〜stay with me」をサンプリングした曲は19曲です。
こちらも42曲の約半数が「真夜中のドア〜stay with me」のサンプリングのため、人気が「真夜中のドア〜stay with me」に集中していることが分かります。
さて、次の章では、海外リスナーの利用が多いSpotifyの再生数をもとに説明したいと思います。
残念ながら山下達郎はサブスクリプションを解禁していないため、Spotifyの再生数での検証はできません。
山下達郎が「(サブスクリプションは)恐らく死ぬまでやらない」と公言しているので、この先も解禁はないでしょう。
山下達郎のYouTube公式MVもわずかな数しか公開していないので、海外での山下達郎人気の数字による検証が難しいのですが……。
ひとまず杏里と、その他のCITY POP人気アーティストによるSpotifyでの再生数を見てみましょう。(2024年9月8日現在)。
80年代の日本の音楽=杏里のイメージが海外で定着
2023年の年末、Spotifyで「世界で最も再生されたリリース年代別の国内の楽曲 」ランキングが発表されました。
80年代のトップ10に杏里の曲が4曲ランクインしています。
3位「Remember Summer Days」、5位「悲しみがとまらない」、6位「Last Summer Whisper」8位「SHYNESS BOY」です。
トップ80年代ソング 2023
引用:Spotify2023まとめ
1位 泰葉 フライディ・チャイナタウン
2位 八神純子 黄昏のBAY CITY
3位 杏里 Remember Summer Days
4位 米米CLUB 浪漫飛行
5位 杏里 悲しみがとまらない
6位 杏里 Last Summer Whisper
7位 桑田佳祐 悲しい気持ち(Just a man in love)
8位 杏里 SHYNESS BOY
9位 井上あずみ となりのトトロ
10位 TM NETWORK Get Wild
そして、80年代トップ100の中で最も多くの曲数がランクインしたアーティストも杏里、「トップ80年代ソング 2023」のカバー写真も杏里が選ばれています。
海外では「日本の80年代の音楽=杏里」のイメージが定着しています。
海外でバズったCITY POP人気曲ランキング
松原みきは、Spotifyでの人気曲1位「真夜中のドア~stay with me」の再生数が3億回を超えていて、とんでもなく大バズりしています!!
Spotify月間リスナー数も335万人と凄い数字ですが、実はその335万人のうち「真夜中のドア~stay with me」と、そのリミックスバージョンのみを聞いているリスナーが多いというのも事実です。
松原みきのSpotify人気曲トップ5とその再生数を見てみましょう(2024年9月8日現在)。
松原みきSpotify人気曲トップ5
引用:松原みきSpotify(2024年9月8日現在)より
1位 真夜中のドア~stay with me 3億3,098万回
2位 WASH(ウオッシュ) 1,298万回
3位 Jazzy Night 781万回
4位 真夜中のドア〜stay with me – Night tempo Showa Groove Mix 1,210万回
5位 真夜中のドア〜stay with me ClubMix 2,065万回
1位「真夜中のドア〜stay with me」に比べると、人気曲2位以下は再生数が1桁から2桁もかわります。
また人気曲トップ5のうち3曲がリミックスバージョンを含めた「真夜中のドア〜stay with me」であり、人気が「真夜中のドア〜stay with me」に集中していることが分かります。
次に泰葉のSpotify人気曲トップ5とその再生数を見てみましょう。
Spotifyによると、2023年に日本の80年代の音楽で最も海外で聴かれた曲が、泰葉「フライディ・チャイナタウン」です。
泰葉Spotify人気曲トップ5
引用:泰葉Spotify(2024年9月8日現在)より
1位 フライディ・チャイナタウン 6,059万回
2位 フライディ・チャイナタウン – Night tempo Showa Groove Mix 982万回
3位 恋1/2 487万回
4位 ブルーナイト・ブルー 265万回
5位 Bye-Bye Lover 319万回
「フライディ・チャイナタウン」は6,027万回と、素晴らしい再生数ですが、1位と2位以下では極端に再生数の差があり、松原みき同様、1曲のみに人気が集中しています。
それでは、他のCITY POPアーティストの海外でバズッた人気曲1位の再生数を見てみましょう。
CITY POPアーティスト海外でバズッたSpotify人気曲1位
引用:大貫妙子Spotify・竹内まりやSpotify・秋元薫Spotify・八神純子Spotify(2024年9月8日現在)より
大貫妙子 1位 4:00AM 9,791万回
竹内まりや 1位 プラスティック・ラブ 7,732万回
秋元薫 1位 Dress Down 3,429万回
八神純子 1位 黄昏のBAY CITY 3,027万回
それぞれ素晴らしい再生数ですが、実は松原みき・泰葉と同様のことがランキングで起きています。
彼女たちの人気曲1位の曲は再生数が伸び続け、凄い数字になっていくのに対し、人気曲2位もしくは3位以下の再生数は、桁が変わるほど極端に減ります。
つまり1曲だけがめちゃくちゃバズってるということです。
大橋純子・杉山清貴&オメガトライブ・亜蘭知子・国分友里恵なども同じ傾向です。
杏里・人気曲ランキング / 大バズりする曲はないのに何故……?
では杏里のSpotify人気曲の再生数を見てみましょう(2024年9月8日現在)。
杏里の現在の人気曲1位は「悲しみがとまらない」3,964万回再生です。
おや? 「シティポップ・クイーン」と呼ばれてるのに、先ほど名前をあげたアーティストたちに比べたら再生数がそれほどでも……と思いますよね。
では、人気曲トップ5の再生数を見てみましょう。
杏里Spotify人気曲トップ5
引用:杏里Spotify(2024年9月8日現在)より
1位 悲しみがとまらない 3,964万回
2位 Remember Summer Days 4,263万回
3位 Last Summer Whisper 3,601万回
4位 SHYNESS BOY 2,365万回
5位 WINDY SUMMER 2,001万回
杏里は、松原みき、大貫妙子、竹内まりや、泰葉のように爆発的に大バズりする1曲はありません。
しかし、極端に1曲だけが再生されるのではなく、バランスよく複数の曲が再生されています。
Spotifyの杏里の月間リスナー数は178万人です(2024年9月8日現在)。
「真夜中のドア〜stay with me」の再生数が3憶回を超え、月間リスナー数が335万人の松原みきは別格として、人気曲1位の再生数が杏里よりも多いアーティストたちの月間リスナー数はどうでしょうか?
大貫妙子126万人、竹内まりや133万人、泰葉89万人です。
杏里の人気曲1位の再生数よりも、大貫妙子・竹内まりや・泰葉の人気曲1位の再生数の方が多いにも関わらず、月間リスナー数では杏里の方が多いという現象が起きています。
大きくバズる1曲はないけれど、定期的に複数の曲が聴かれ、順調にリスナー数が増え続けているのが、杏里です。
1曲単位ではなく、アルバムで聴かれている
なぜ杏里はバランスよく複数の曲が再生されるのでしょうか?
それは杏里がアルバムで聴かれるアーティストだからです。
サブスクリプションで音楽を聴くリスナーの多くは、お気に入りの曲を自分のプレイリストに入れて聞くのが主流で、アルバム1枚を通して聞くというスタイルではありません。
しかし、杏里の場合、角松敏生がプロデュースしたアルバム(もしくは角松敏生の曲が収録されたアルバム)1枚を通して聞かれる傾向があります。
こちらの杏里Spotify人気曲トップ10をご覧ください。
杏里Spotify人気曲トップ10
引用:杏里Spotify(2024年9月8日現在)より
1位 悲しみがとまらない
2位 Remember Summer Days
3位 Last Summer Whisper
4位 SHYNESS BOY
5位 WINDY SUMMER
6位 Good Bye Boogie Dance
7位 DRIVING MY LOVE
8位 STAY BY ME
9位 Fly By Day
10位 SURPRISE OF SUMMER
2024年9月時点、トップ10のうち「悲しみがとまらない」以外の9曲は角松敏生による作詞・作曲・編曲です。
「悲しみがとまらない」の作曲は林哲司ですが、編曲は角松敏生と林哲司が担当しています。
杏里のSpotify人気曲トップ10全ての曲に、角松敏生が関わっています。
角松敏生が杏里をプロデュースしたアルバム『Bi・Ki・Ni』(1983) ・『Timely!!』(1983) ・『COOOL』(1984)は、角松3部作と呼ばれています。
そして、プロデュースと編曲は担当していませんが、角松敏生が楽曲提供した3曲が収録されたアルバム『Heaven Beach』(1982)。
角松敏生・小林武史・ブレッド&バター参加作品。 完全生産限定アナログ盤のため無くなり次第終了。 |
杏里の海外での人気盤は角松3部作と『Heaven Beach』です。
その中でも海外で一番人気のアルバムが『Timely!!』(1983)。
杏里のSpotify人気曲トップ10のうち5曲が『Timely!!』の収録曲です。
リマスター盤ブルースペックCD。ボーナストラックに「悲しみがとまらない」のB面曲「Remember Summer Days」収録。 |
角松敏生が作り出すディスコ・ファンク・ブギー・フュージョン・AORサウンド × 杏里の爽やかな声の相性のよさ。
軽快な角松サウンドと爽快な杏里のボーカルは、海外リスナーがCITY POPに求める「コレだよ、コレ!」に合致したのでしょう。
それはディスコ・ファンク・ブギー・フュージョン・AORサウンドと、自身の声によるケミストリーが、海外で評価されている山下達郎にも同様のことがいえます。

山下達郎も1曲単位ではなく、アルバムで聴かれるアーティストです。
山下達郎の1976年~1982年に発売されたアナログ盤・カセット全8アイテムが、2023年に最新リマスター&ヴァイナル・カッティングにて発売されると、日本だけではなく、海外でも反響を呼びました。
山下達郎の『FOR YOU』(1982)は、LPレコード・カセットの売り上げで「オリコン週刊アルバムランキング」にて、第4位にランクインという快挙でした!
海外で最も人気が高いアルバムが『FOR YOU』です。
全世界が待っていた! 1976年~1982年までRCA/AIR YEARSにて発売された、 アナログ盤、カセット、全8アイテム 2023年最新リマスター&ヴァイナル・カッティング |
海外のファンにとってCITY POPの象徴的なアルバムが『FOR YOU』『Timely!!』といえるでしょう。
山下達郎も複数の曲が人気!
山下達郎はSpotifyでの再生数による検証ができないため、断定的なことは言えませんが、YouTubeのMVや海外のファンが作るYouTubeプレイリストなどを見ると、人気曲が複数あることが分かります。
山下達郎の数々の名曲の中で「SPARKLE」が海外で最も人気があります。
しかし、竹内まりや「プラスティック・ラブ」や松原みき「真夜中のドア〜stay with me」ほどの爆発的にバズる曲には至っていません。
公式MVがアップされた時期が「プラスティック・ラブ」の方が早いとはいえ、「プラスティック・ラブ」のYouTube再生数が4,501万回に対し、「SPARKLE」の再生数は953万回です(2024年9月現在)。
YouTubeプレイリストの選曲は、特定の人気曲に偏りがちです。
松原みきであれば「真夜中のドア〜stay with me」が選曲されることが多く、他の曲は選曲されることは稀です。
山下達郎の場合は「SPARKLE」だけではなく、「RIDE ON TIME」「Magic Ways」「LOVE SPACE」「LOVE TALKIN’ (honey it’s you)」など、複数の曲がプレイリストにセレクトされています。
ひとつのCITY POPプレイリストに、山下達郎だけが3曲以上選ばれている、なんてことは珍しくありません。
アルバム『FOR YOU』『Timely!!』は収録曲すべてがザ・シティポップ
アルバムに○○っぽい、類似曲が収録されている、というのも山下達郎と杏里がアルバムで聴かれる理由でもあるでしょう。
例えば、竹内まりやの「プラスティック・ラブ」を気に入った海外のファンが「同じような、16ビートでクールに踊れる曲が聞きたい!」と、「プラスティック・ラブ」収録のアルバム『VARIETY(ヴァラエティ)』を聞いたとします。
するとメロディアスでオールディーズ的な曲が多く収録されているので「あれ? いい曲だけど、踊れる曲よりもメロディアスな曲の方が多いな。求めていたものとはちょっと違うね」となります。
「本気でオンリーユー(Let’s Get Married)」,「プラスティック・ラブ」ほか全11曲収録。30周年記念盤。 |
泰葉 「フライディ・チャイナタウン」のような「テンション爆上がりで踊れるディスコチューンが聞きたい!」と、海外のファンが「フライディ・チャイナタウン」収録のアルバム『TRANSIT(トランジット)』を聞いたとします。
すると意外と歌謡曲っぽいアレンジの曲もあるため「うーん、面白いけど、ちょっとイメージが違うアルバムかなぁ」となります。
泰葉の1st アルバム 作曲は泰葉自身が全曲担当 |
一方、山下達郎の「SPARCLE」を気に入った海外のファンが「同じような爽やかで軽快な曲が聴きたい」と「SPARCLE」収録アルバム『FOR YOU』を聞きます。
すると「LOVE TALKIN’ (Honey It’s You) も踊れるね!」「LOVELAND, ISLANDも最高のバイブスだ!」となります。
杏里の「WINDY SUMMER」を気に入った海外のファンが「同じような夏っぽいダンサブルな曲が聴きたい」と、「WINDY SUMMER」収録アルバム『Timely!!』を聞くと「SHYNESS BOYも夏にぴったり!」「DRIVING MY LOVEはドライブミュージックに最高!」となります。
『FOR YOU』と『Timely!!』はいわゆる捨て曲なしのアルバム。
YouTubeコメントを読むと「アルバムの曲をスキップできない」「アルバム全部の曲がbunger(最高に盛り上がる曲)だ!」と書き込まれています。
「SPARKLE」「LOVE TALKIN’ (Honey It’s You) 」収録。ジャケットのアートワークは鈴木英人。 |
山下達郎と杏里の80年代の人気アルバムは、全体を通して海外のファンがイメージする “CITY POPらしさ”、つまり“踊れる曲” であり“夏のリゾートミュージック” がドンピシャで収録されています。
海外のファンがCITY POPに期待する「メロウ」で「ダンサブル」で「グルーヴ」感のある曲が多数収録されています。
「キャッツアイ(NEW TAKE)」「悲しみがとまらない」収録。完全生産限定アナログ盤のため無くなり次第終了。 |
海外のファンがCITY POPに期待する「コレだよ、コレ‼」「これぞ、CITY POP‼」が、山下達郎『FOR YOU』と杏里『Timely!!』には詰まっています。
山下達郎・杏里 日本特有の泥臭さがないグルーヴィーなボーカル
YouTubeやインターネットでは、山下達郎と杏里の声を称賛するコメントが海外から多数書き込まれています。
洋楽のメロディに、日本語で感情をのせてパワフルに、ソウルフルに歌うと、演歌・歌謡曲っぽくなってしまうという難点があります。
山下達郎は絶妙な力加減で日本語をグルーヴィーに歌い、演歌っぽさ、歌謡曲っぽさとは無縁です。
山下達郎 3枚組ベストアルバム |
杏里は透明感のある声でフラットに日本語を歌うことで、泥臭さのようなものがありません。
日本の一部の音楽マニアからは、クセのないスムーズな歌い方が「表現が浅い」などとバッシングされることもありますが、その心地よいボーカルが長時間BGMとして聴くのに適しています。
山下達郎も杏里もファンキーでグルーヴィーな曲なのに、透明感のある爽やかなボーカルが海外でウケているのでしょう。
杏里 2枚組ベストアルバム |
そして、山下達郎と杏里のボーカルは日本語も英語もクリアに発音するので、言葉が聞き取りやすいという共通点もあります。
海外のファンが好きなCITY POPボーカリストの特徴は、日本語と英語を明瞭に発音し、柔らかく日本語を歌うことです。
こちらの記事:「シティポップボーカル考察 日本語が聞こえるボーカルが海外で人気?」 で詳しく書いています。

山下達郎「風化しない音楽、耐用年数ばかり考えてきた」
インタビューでシティポップ・ブームについてきかれると、山下達郎は「40年前に言ってよ」と笑い飛ばしました。
「制作方針は昔から、風化しない音楽、いつ作られたか分からないような音楽。耐用年数ばかり考えてきた」
引用:時代の試練に耐える音楽を――「落ちこぼれ」から歩んできた山下達郎の半世紀 / Yahoo!ニュース オリジナル特集
「普遍性というのかな。時代の試練に耐えること。『あの頃、彼氏と一緒に聴いた、懐かしの……』っていう想い出ツールも大切だけど、古き良き懐メロにならないためにはどうしたらいいか。それは、曲、詞よりも編曲なんです。あとは、それを補佐するミュージシャンの優秀な演奏力と、それを録音するエンジニアの力」

YouTubeコメントには、日本と海外のファンによる、山下達郎サウンドの「耐用年数」に言及する書き込みがあります。
- 最新の映像をつけても全く違和感がない。
- 24歳の自分が聞いても全然色褪せてない!
- この曲は42年前の曲だということを忘れないでください。それでもまだ新鮮です(英語訳)。
- 2023年に発売された新曲のようです。この曲はなんと40年前の歌ですか? 最高の曲❤ 50年後に聞いても新曲のよう(韓国語訳)。
引用:山下達郎「SPARKLE」Music Video(2023)YouTubeコメントより
「古き良き懐メロにならない」のは、頑固なまでのこだわりと、時代の空気感の捉え方があるのでしょう。
僕の曲は基本的にワンパターンです。好きな響きが少ないので。だから、誇りを持ってワンパターンと言ってます。(中略)変わらない中で、どう今の時代の空気を吸っていくか。
引用:時代の試練に耐える音楽を――「落ちこぼれ」から歩んできた山下達郎の半世紀 / Yahoo!ニュース オリジナル特集
海外からの反響や盛り上がりがありながらも、シティポップ・ブームとは距離を置き、サブスクリプションを解禁しないのも山下達郎らしいです。
杏里「洋楽そのものを作ればいいわけではなく、ギリギリを狙う」
杏里は80年代から現在にかけて、ディスコ ・ ファンク ・ ブギー・フュージョン・AOR・ブラコン(ブラック・コンテンポラリー)・R&Bテイストの曲を、日本のリスナー向けに耳なじみが良いようにアレンジをして、発表してきたアーティストです。
つまり、今、海外のCITY POPファンが最も好むタイプの曲、ゴリゴリ過ぎないサウンドの踊れる曲、心地良くて、ゆるいグルーヴ感がある曲を多数発表していました。
海外のファンが好きなタイプの曲についてはこちらの記事:海外のシティポップファンは日本のヒット曲を聴かない⁉人気曲は何⁇ で紹介しています。

杏里のインタビューによると
やっぱり非常に難しいですね。洋楽そのものを作ればいいわけではないですし、日本でも受け入れてほしいから。私は曲を作るとき、そこがこだわりでもあり、一番の悩みなのかもしれません。そのギリギリのところを狙っていくんですけど。
引用: 『CITY POP BEST100-シティ・ポップの名曲 1973-1989 レコードコレクターズ 2023年 11月号増刊』レコードコレクターズ編集部
日本人好みの、口ずさみやすいメロディアスな曲でありながら、グルーヴ感もあるところが、Z世代の海外リスナーに新鮮に聞こえるのだと思います。
杏里が言う「ギリギリ」感が海外のリスナーにウケているのでしょう。
追記:デイリー新潮記事 シティ・ポップの次なるブームを「杏里」が牽引
2024年12月、デイリー新潮の記事「シティ・ポップの次なるブームを「杏里」が牽引 竹内まりややユーミンを抑えた“世界でいちばんの人気曲”は、まさかの「シングルB面」だった!」が掲載されました。

音楽マーケッター・臼井孝による記事で、詳細なデータ・分析で分かりやすく解説され、角松敏生によるコメントもあり、読み応えのある内容です。
現在もヒットチャートの常連であるサザンオールスターズや竹内まりや、松任谷由実よりも杏里のSpotify月間リスナー数の方が多いと紹介されています。
しかも、杏里の月間リスナーは’19年の頭から右肩上がりで増加し始め、’22年後半には100万人を突破、’24年の夏頃は190万人に迫るまでになったという。つまり、ずっとファンを増やしつつ、今夏からいったんその勢いが落ち着いてもなお、160万人を超えているのだ。
引用:デイリー新潮「シティ・ポップの次なるブームを「杏里」が牽引 竹内まりややユーミンを抑えた“世界でいちばんの人気曲”は、まさかの「シングルB面」だった!」
2024年の夏に月間リスナーが190万人に迫る勢いが、一旦落ち着いて、12月に160万人になったのは、おそらく「夏が終わった」からだと思われます。
2024年の春から夏にかけて、杏里の月間リスナー数はグングンと伸びていき、190万人に迫り、9月後半あたりから徐々に減少していき、12月には160万人になりました。
やはり、CITY POPファンは「杏里=夏」と捉えていて、春から夏にかけて聴く音楽と考えているのでしょう。
2025年以降の春から夏にかけての杏里の月間リスナー数の変化に注目すると面白いかもしれません。
注釈
Vaporwave(ヴェイパーウェイブ)
2010年代にインターネット上に生まれた音楽ジャンル。
大量に生産と消費を繰り返した80年代の忘れ去られた人工物などへの郷愁、消費資本主義社会への批判や風刺を込めた音楽。
80年代のポップミュージックのスピードを落とし、スローな音楽にして、延々とループさせるのが特徴。
そのサンプリング素材に世界各国の音楽が使われたが、日本のCITY POPも好んで使われた。
YouTubeに紫や水色などのネオンカラー、レトロなグラフィック、無機質な彫刻などの画像、不自然な翻訳の日本語などと共に投稿される。
Future Funk(フューチャーファンク)
Vaporwaveから派生した音楽ジャンル。
主に日本のCITY POPや歌謡曲など80年代の音楽のスピードを上げ、エレクトロニックなディスコサウンドに再構築している。
歌声もボカロ(ボーカロイド)のように加工している。
Vaporwaveに比べ、明るく踊れる曲にしているのが特徴。
YouTubeには、日本のアニメ画像や、コカ・コーラなどの80年代CMとともに投稿されることが多い。
アニメ映像やCM映像を3~5秒ほど切り抜いて、ループさせた動画にFuture Funkが流れる。
作業用BGMとして人気のローファイヒップホップ(Lo-fi Hip Hop)にも、短いアニメをループさせる映像の手法が定番になっている。
Vaporwave・Future Funkともに著作権的には大分グレーなジャンルだが、日本のCITY POPが海外に広まるきっかけになった。
YouTubeに投稿されたVaporwave・Future Funkを聞いた海外のリスナーが、原曲のCITY POPを聞くようになったといわれている。